初恋


 いつも容れ物が先にあった。こはくはそこになるべくぴったり過不足なく収まらなければいけないので、まあ、小柄で良かったかもしれない。良しとする。決して負け惜しみではない。断じて。結局、年上連中との身長差は縮まれど抜くことは叶わなかったけれど。何の話だ。そう、容れ物。容れ物の話。例えばこれが液状なら容易いことだった。残念ながら、こはくは現状肉体を持った個体だし、猫のようだと形容されても、猫ではないので溶けることもできない。だから邪魔な部分を一つずつ、折ったり、潰したり、削ったり、歪めたり、そういうことを、生まれてからずっと繰り返している。燐音にも同じような仕草を感じて、似たようなものだと言ったのだけど、そのときは全く違うとはねつけられた。当時それなりに、ああそうなのかと衝撃を受けたことであり、それならよく知らなければいけないなぁと、意識を新たにした出来事でもあった。どうしたら、此処でうまくやっていけるだろうか。本家のお坊ちゃんがご満足されるまで、こはくは何をしてもその場所に居続けなければならなかった。さあ、次はどんな形にこはくは収まればよいのかしら。燐音の言動をなぞりながら、視線の先を追いながら、慎重に己の形を定めていった。容れ物はなかった。年少であるこはくとどう接するか腐心する様子は見て取れたが、燐音はわかりやすく優しくはなかったし、必要以上に甘やかしたりもしなかった。居場所が欲しいなら手前で作れと言外に含んでいた。しかし燐音には隙があった。元からあったものが一時期を境に大きく割け、びゅうびゅうと吹き曝しになっている穴。人ひとり容易く収まりそうなそれは、燐音が自覚することを無意識に拒んで、経過を観察することなく捨て置いたものだった。はやく遠い過去になることだけを願い、そのままにしている隙間。だからこはくは、そこに収まることに決めた。それが叶うなら、身体がぐちゃぐちゃに潰れて原型なんてなくなっても構わなかった。その時にはもう、こはくの身体はこはくだけのものになっていたから、自らの意志でそれを選ぶことができた。赤黒くどろどろで生臭い、この世でいちばん醜悪な『何か』になって、こはくはその時はじめて生まれた。