星が落ちる
天城一彩が死んだのは二年前の冬だった。凍結した道路でスリップした車にはねられて死んだ。
ES内で行われた告別式で、藍良は目が溶けるのではないかというほど泣いていた。ALKALOIDの上二人のメンバーも、マヨイは藍良の手を握って、一緒にずびずびと鼻を鳴らしながら、それでも藍良を慰めようとしていて、巽は流石というか、毅然としていたけれど、悼んで、かなしんでいることはすぐにわかった。悲壮な顔をして、泣き止まない二人に寄り添うことで、かなしみのかたちを作っていた。その日はずせない仕事があるアイドル以外は大体列席していて、ユニットごとに大体固まっていたとおもう。ALKALOIDのすぐ後ろに、こはくたちも三人で並んでいた。隣のHiMERUを横目でちらりと見やると、やはり巽の背中を、穴が開くのではないかというほどまじまじと見ていた。しかしふいに、こはくに視線に気付いたのか、顎軽く引いてこはくの方へ視線を流し、何か? という顔をした。こはくが何故、HiMERUを見たのかわかっていて、何も言わせない顔だった。ニキは終始うなだれていたが、空腹なのか悼んでいるのかわからなかった。燐音はどうだったかというと、一見落ち着いて見えた。この場に居るたった一人の肉親として、メンバーとは離れたところに居た。列席者に礼をし、挨拶をし、段取りを葬儀屋と確認し、恙無く喪主をつとめていた。
「良かったんじゃねーの。こんなに泣いて貰えて。故郷じゃこいつの価値なんて、俺のついででしかなかった。お兄ちゃんより先に逝っちゃうなんて最悪の兄不幸もんだけど、幸せな人生だったんじゃね?」
最期に、ありがとうと言って、燐音は集まったアイドルと事務所の関係者たちに頭を下げた。
式が終わり、泣き止まない藍良の元へ近寄った燐音が、二、三言はなしかけて余計に泣かせ、おろおろと慌てていたのが不謹慎だけど笑えた。こはくは足音を殺してそっと二人に近付く。背後からぬっと現れたこはくに、燐音の身体が一瞬ぎくりと硬直したのがわかった。結構びびりよな、ぬしはん。突いて弄っても良かったが、今は藍良をなぐさめるのが先だった。
「ラブはんのこと、虐めんでよ」
「虐めてねーって」
「こはくっち〜〜〜」
「このたびはご愁傷様です」
「うわあ〜ん」
「おおよしよし。燐音はんがすまんなぁ」
「いやいや、こはくちゃんが泣かしてんじゃん」
「酷いお人やわぁ。メンバーに罪擦り付けよって」
藍良を抱きしめながら頭を撫でるこはくに、燐音はやれやれと苦笑して腰に手をついた。藍良の前で一層大人ぶった態度を取っている自覚はあるので、藍良越しにじとりと睨んでしまう。なんぞ文句でもあるんか。こはくの心の声が聞こえたわけでもないだろうに、燐音はハイハイと手を振った。邪魔しませんよォと肩をすくめて、こはくたちから一歩距離を開ける。近くにいたマヨイたちにちょっかいをかけていたニキが、いつの間にか燐音の隣へ寄っていた。
「着いて行かなくて大丈夫っすか?」
故郷に一度報告と、遺骨を分けに戻るのだと言う。半分はESの敷地内に、半分は故郷に埋めるのだそうだ。いつにない悠揚さで尋ねるニキに、燐音は「まあ、ダイジョーブっしょ?」と軽く笑った。燐音は天城一彩発案『リモート君主』とやらをテスト試行している、里との関係は概ね良好らしい。
「きゃはは。なァに、ニキきゅん、さみしーのォ?」
「さみしいっすよ」
茶化すように燐音が言うのに対し、すこしもふざけずニキが応えるので、そういえば大人だったのなと、失礼なことを考えた。その背後で、やりとりを静観していたHiMERUが「待っています」と、聞いたこともない優しげなことを言うので、いよいよ燐音は「……これ、俺っちの葬式じゃねェよな?」と大真面目に呟いた。「縁起でもないこと言うなや」とこはくが燐音の脇腹を肘で突き、泣きっぱなしの藍良が少し笑ったので、それだけはよかった。
ざわざわと人が流れていく。先ほどの落ち着きをすっかりどこかへやったニキが「おなかがすいたっす!マヨちゃん味見していいっすか?」とマヨイの首筋に鼻をよせ、怯えたマヨイがひいっと声をあげて騒ぎ出すので、近くに歩いていたALKALOIDと昼食を共にする流れになった。巽に、久しいですなぁと親しげに声をかけられたHiMERUが、あからさまに顔を引きつらせていたのが面白かった。こういうとき、燐音のところへ一目散に寄っていく弟の姿がどこにもなく、呼ぶ声もどこからも聞こえず、ああ本当に居なくなってしまったんだなぁと、妙なところで実感した。人は死んだ人を声から忘れていくのだそうだ。天城一彩はアイドルだから、音声も映像もいくらでも残っているので、文字通り、人々の中で半永久的に生き続けることができる。再生ボタンを押せば、いつでも彼に会うことができる。それが幸福なことか不幸なことかはわからない。こはくはぞっとしないけれど。さて、忘れられた時が本当の死だという話も聞く。それならば、こはくが覚えている限りその人は死なないのだろうか。考え込んでいたら真顔になっていたらしい。隣を歩いていた藍良に、こはくっち? と心配そうな声音で呼ばれ、何でもあらへんよと笑った。