午睡に獏





 白昼夢に獏を見た。
 獏を見たということは俺は夢を食べられたということなので、とくに興味もないけれどとりあえず「返してよ」と話しかけてみた。凛月が声をかけると、獏は首をふるふると横にふり、それを拒否した。だめだと云われると気になってきて「返して」ともう一度、今度はすこし強く云った。獏は首をもう一度ふり、「食べてしまったからもうない」と云った。
 ああ、獏って喋るんだなぁと感心しつつ、凛月はむんずと人語を器用に操る口を掴み、「良いから吐け」と命じた。
 なんだかもう我慢がならなかった。
 すると獏は、怯えたようにぶるぶる身体を震わせた。次の瞬間、大口を開けてみるみるうちに大きくなり、凛月はその中へ飲み込まれてしまった。
 まじか。
 するするするするごろんごろんぬるんぬるんべちょイテッ。
 落ちた先には獏の内臓がまるで洞窟のようにぼこぼこと暗く広がっていた。
 そこにはいろいろな夢が落ちていた。
 なんだかわかるものも、わからないものもあった。
 お菓子の家や、壊れた人形、トロフィーや王冠、朽ちた玉座、ちょっと高そうなギターとアンプ、最新っぽいなんだかわからない家電、インクが滲んだ楽譜、欠けた月、エトセトラエトセトラ。そういう形あるものから、朧げな綺麗な色のよくわからないもの、汚いもの、おぞましいもの、鮮やかなもの、色のないもの。そういうものも、沢山あった。

 凛月はあたりを探索して、気まぐれに物色した。気になるものを拾い上げ、観察してはまた捨てた。それは何度か繰り返して、凛月は足元に転がるカエルの死体をつまみ上げた。
 手足がピーンと伸びて、不恰好な棒切れのようだった。
 干からびてかたくなったそれを上から下からぐるぐる眺めて、ふと思い出す。
 凛月が飼っていたカエルだ。
 これは幼い頃、凛月が飼育していたカエルだった。
 背中にてんとう虫のような模様があって、てんとう虫と呼んでいた。
 兄には、カエルという名前より長いじゃないかと文句を言われて、りつのだから、お兄ちゃんにはかんけいないでしょと、そのときの凛月にしては兄にとても反抗的な態度を取ったのだ。
 いいぞいいぞ、昔の自分。そのままお兄ちゃんなんて大嫌いくらい言ってやれ。
 凛月は思い出の中の凛月を囃し立て、すぐに虚しくなり、さてどうしたものかとカエルをそこらへんにあったジュエリーボックスにしまってやった。
 埋葬完了。南無。
 凛月はクリスチャンでもなかったが仏教徒でもなかった。
 その瞬間また底が抜けて、辺りにあったものごと、凛月はさらに深く深く落ちていった。
 ぞっとするような浮遊感。
 ああ、てんとう虫。
 てんとう虫の棺桶。
 すぐそばにあったはずのジュエリーボックスを見つけて慌てて掴んだ。

 爆音。轟音。悲鳴のような歓声。
 落ちた先はライブ会場だった。
 この熱気を凛月は知っている。客席にいることは少ないけれど。
 ステージには宵闇の魔物。不死者の宴。見慣れた親族の、見慣れない高揚に満ちた顔。
 知っているよ。
 凛月も、そう俺も、それを知りたくてここまで来たの。
 死んだように生きていたあんたが、そんな風にぎらぎらと、邪悪に無心に艶やかに、子供のように笑うから、その理由が知りたくて。

 てんとう虫の棺桶を開ける。わかっていた。これはただのジュエリーボックスだ。案の定、中は空っぽ。一体いつ、凛月のてんとう虫は死んだのか。カエルの食べるものを幼い凛月がちゃんと用意できたのだろうか。果たして、はたして、はて。それが答えだった。

「めくるめく悪夢へ、ようこそ、我が弟よ」

くそ兄者。



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