告白タイム



「君のことを大切にしたい」
 何を改まって、とこはくは呆れた。失笑をのせて斑の顔を見上げると、むやみやたらと整った男の顔をしているので、ああ、めずらしく、真剣な顔をしているのだと理解した。無表情とは違った。口の端はきゅっと結ばれ、瞳は感情が溢れるように濡れていて、すこし白目が赤かった。握られた手首が熱い。告白をされているようだと思い、遅れて、そうに違いないなぁと、そのときはまだ呑気に、こはくは状況を俯瞰で見て反芻した。一世一代という意気込みを感じだが、こはくとしては、早く手を離して欲しかった。こはくの手には切り傷があった。台の上にはまな板が、そのうえにはぶつ切りの食材と包丁と、血で汚してしまった布巾があった。単純に扱いを間違えて、鈍臭いことをしてしまったと、舌打ちまじりに百面相しているところを斑に目撃された形だった。燐音ほどとはいかずとも、これは揶揄されるだろうと身構えたのだが、入り口からずんずんと大股でキッチンへ踏み込んだ斑は、こはくの怪我をした左手を掴み、すぐさま蛇口をひねって患部を流水につけた。破けた肌が水圧に負けて痛む。こはくが眉を顰めると、斑は漸く、ははは、と笑い、蛇口を捻って水を止めた。嫌がらせだろうか、と訝しむように斑を睨み、礼の前に文句のひとつでも言ってやろうと口を開いたところで、冒頭へ戻る。
 傷口の付近を、血管を圧迫するように強く握られ、心臓より高い位置へ固定されたまま、こはくは告白を受けていた。
「何で、今やねん」
「これを言うつもりで、君を探していたんだ」
「へぇ、そら、なんや。えらい間ぁが悪いなぁ」
「すまない。困らせるつもりは、少ししかなかったんだが」
「あったんかい」
「困ってくれないと困るだろお?」
 こういうのは。
 斑の言葉尻は不明瞭に濁っていた。普段の快活さが嘘のように、しかし穏やかさは欠片もなく、ただぴりぴりと空気は張り詰めている。どれだけ口の中に言葉が篭ろうと、こはくは斑の声をひとつひとつ拾うことに慣れてしまっているので、いよいよ、どうすれば、と目を泳がせる。都合よく無視ができない。斑の緊張が、腕を伝ってこはくを浸潤するようだった。言葉を交わす間に、顔が少しずつ熱くなるのがわかった。だから早く、腕を離して欲しかった。離してくれないなら、こはくに背を向けて、医務室にでもなんでも連れて行って欲しかった。兎に角これ以上、こはくは斑と向き合っていたくなかった。
 こはくの動揺を察した斑が、次第に逃がさないとでも言うように強気な顔つきになり、手首を握りしめる力も比例して強くなった。力任せに振り解けないほどの強さになったところで、こはくは後悔した。こうなるまえに振り払って、何処へでも逃げてしまえば良かったのだ。ああ、憎たらしい。恨めしい。悔しい。じわりと血が滲む切り口と、斑の顔を見比べるようにして、懇願するように眉を八の字にする。斑はもういつも通りの顔を、というより、勝ち誇った表情をしていた。屈辱的だった。
「手、離してくれへん?」
「答えを聞いてからでも遅くないなあ。なあに、手当てまで責任を持つから安心してほしいぞお☆」
 くそ。この人でなし。



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