誰が    
天祥院英智を
殺したのか?




 天祥院英智が死んだ。憎まれっ子世に憚ると言うけれど、正しく世に憚り切って死んだので、どこもかしこも蜂の巣突いたような大騒ぎだ。アイドル業界だけに留まらず、TVで普段見もしないどこぞのお偉い先生まで出てきて、世界経済やこの国の行く末を憂い出すのだから、度が過ぎた金持ちというのは畏れ入る。英智が所属していた事務所は、未発表曲を収録したベストアルバム、果てはドキュメンタリー映画まで作り出し、最後のひと稼ぎに余念がない。楽屋に置かれた週刊誌の表紙には、売り出し中の女優のバストアップと『――“皇帝”逝く――毒殺疑惑と天使の裏の顔?!』の文字が踊っている。こういうものはショッキングであればあるほど大衆の興味を煽るんだよと、天使のような面差しで下衆いことばかり言っていた、あの男には似合いの弔だとおもう。

 こうして、トップアイドルfineのリーダー、天祥院英智の訃報は、世間の誰もが知るところとなった。卒業後は海外と日本を行ったり来たりでたいして付き合いのなかった月永も世間とほぼ同様のタイミングで仇敵兼旧友の死を知った。楽屋に置かれた週刊誌を何とは無しにパラパラめくって放り投げる。メディアでは柔らかい微笑ばかり浮かべている印象が強いが、存外表情が豊かで、人間味に溢れた厭らしい男だった。遙か遠く、まだ男をテンシと呼んでいた頃、子供のように拗ねる顔が面白くて、熱のこもらない美しい笑顔よりもそのバグみたいな不細工な表情が、月永は余程良いものと気に入っていた。実感はなかった。告別式は大々的に催されたが、仕事の修羅場で行き損ねたのだ。花の代わりに地獄巡りのBGMでも作って棺桶に投げ込んでやれば、少しは実感できたのだろうか。

「昔さぁ、あいつとどっちが殺したのかって話したの」

 セナは鏡の前で、つまらなそうに手元のスマートホンを弄りながら、くだらない雑談というような声音で話はじめる。

「あいつも俺も、自分が殺したんだって譲らなくて、結局あいつが黙ったタイミングでかさくんが入ってきて、その場はお開きになったんだけど」
「意味わかんねーよ」
「れおくんはモテモテだねって話」
「あ?」

 耳に馴染んだ音だというのに落ち着かない気持ちになるのは、こちらが平静でないからか、物騒な言葉選び故だろうか。何言ってんだこいつ。そう思って、探るように鏡越しに顔を覗くと、営業用の完璧な笑みで返された。
 セナは感情の起伏が激しい割に表情がない。しかし伊達に長い付き合いではないので、その笑みの下でどんな意地悪いことを考えているのか即座に察して口の中が苦くなった。月永が机に置いたペットボトルの残りを飲み干すのと、セナがこちらを振り返るのは同時だった。計られている。鏡の中の自分の情けない顔と目が合う。反転していないセナは、今度は隠す気もなく露骨に悪どい顔をしていた。

「ファンが一人減っちゃったね、れおくん」

かなしいね、だって? 冗談じゃない。



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