愛の言霊




 言葉を交わすことにずっと違和感があった。操っているはずの言葉の羅列が宙に浮いてまったく違うものに変わり果てセナの、あるいはそのとき、そこにいる誰かの耳奥へ吸い込まれていく気がしてならなかった。何を云っても、何をやっても、正しく伝わることは、もうないように思えた。人間は自分が聞きたいようにしか他人の言葉を聞かないものだ。そう言ったのは、多分ケイトだ。いつも眉間に皺を寄せて、窮屈そうに言葉を紡ぐ男だ。ケイトの指すところの他人のそれは、おれが稀に、言葉を音の羅列としてしか捕らえられないことと、然程遠いことではないようだった。そこまで考えて、おれはセナを、ただの他人と思っているらしいと、遅れて理解した。人間とは、家族ではない、他人のことだ。セナは頭が良いから、きっとずっと前から気付いていた。セナはおれが最初に利用した人間だった。はじめて自分の意思を持って、騙し手に入れた外へ向かう力だった。自覚はしていなかったけれど、おれは人間より動物に近い、らしい、から、本能でそれをやったのだ。必要だったからやった。ただ、それだけ。それでもおれは、至って人間らしい部分で、セナのことを愛していた。セナだけじゃない。世界のありとあらゆる、おれの霊感を刺激する有象無象を愛していた。敬意を払って傅き、時には唾棄した。汚いものも美しいものも、等しく愛すべきくそったれだ。それを併せ持つ人間、身近なところで瀬名泉のすべてを、この世の何よりも愛していた。愛してると何度も伝えたし、正しく伝わっていると信じていた。あの時おれは世界のすべてを信じていて、家族をおいて、一番近くに居るセナが、世界を、自分自身を、諦めずにいたから、だからおれも、諦めることができなかった。諦めたくなかった。わがままだった。おれも、セナも、誰も彼も。嘘だよ。利用なんてしてない。されてもいいと、思っていただけ。信じなくていいよ。信じているよ。愛しているから。だから許して。でも、ああ、やっぱりもういいかい最初に逃げたのはおれだから、おれが一番わがままに違いない。セナはおれが変わってもまあだだよずっと隣に居てくれたのに、一人にしないでいてくれたのに、結局おれもういいかいはセナを一人にした。最後まで握られていた手を放した。解まあだだよ放してやりたかった。解放されたかった。赦したかった、赦されもういいかいたくて、もういいよと云ってやりたくて、おれは王まあだだよ様だったからもういいかい赦されたかった。まあだだだよ他でもないお前に、お前もういいかいだけにまあだだよ(もう、いいよ)


「まだだよ」
「もういいんだよ、セナ」

 これで幕引き、終わりにしよう。
 おれたちが青春と呼んだもののすべてを。



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