スタンド
バイ  






「なァに見てんのこはくちゃん」
「戦隊ヒーローちゃんねる」
「……登録したの?」
「後学のためにな、一ヶ月だけ」
 初月無料キャンペーンらしいわ、と広告の文言を読み上げるように、燐音に目を向けることもなく、こはくは手元の小さな画面を注視している。共有スペースの一角、ソファの端に寄って沈むように収まっているこはくの後ろから、燐音も肩越しに覗きこむ。こはくはイヤホンで聴いていたので無声だが、ヒーローが丁度、今週のヴィランを倒すところだった。こはくはといえば、「毎週毎週、敵さんもご苦労なこっちゃね。受け身が見事やわ」などと、変なところに感心している。
「燐音はんは」
「ん?」
「この人らに助けてほしかった?」
「——いや? ゼンゼン?」
 答えながら、こはくの傍を離れる。晩酌でもしようと、それからニキを見つけて、酒のあてでも作らせようと、そんな都合の良いことを考えて、寮の玄関へ向かう途中だった。いまこのとき燐音と地球を救うのは、適度なアルコールと舌に馴染んだニキの手料理である。画面の中のヒーローが使い走りをしてくれるともおもえない。
「あんま長時間使うなよソレ、耳悪くなっから」
 リビングと廊下の境界をこえたとき、視線を感じて振り返ると、こはくは先ほどの熱心さをそのままに、今度は燐音の背中を見つめていた。子供の顔をしていたが、穴が開くほどのそれは、興味の方向としてあまりかわいらしいものでは無さそうだ。単純な好奇心の中に、燐音が織り交ぜたさまざまな嘘と真を仕分けるような、そういう獰猛な気概を感じた。
「こんな時間にどこ行くん?」
「コンビニまで野暮用」
「わしも行こうかな」
「奢んねェぞ」
「あてにしてへんわパチンカス」
 痛くもない腹を探られるというのは、何とも居心地の悪いものだ。ご期待に沿えず申し訳ございません。問題児も策士も君主も頭が切れる蜜蜂のリーダーも、いまは旅に出ています。休暇中です。探さないでください。あとこはくちゃんの言うところのパチンカスこと燐音くんは、酒を飲んでイイ感じになって早く寝たいだけ、なのです。デスデス。敬礼。頭の中で一通りふざけ倒しながら玄関へと向かう。
 こはくはさっさとイヤホンを外し、スマートホンを着ていたパーカーのポケットに押し込んだ。微動だにしないとおもわれた身体は軽やかに動き、歩みを止めず玄関に先に着いていた燐音に難なく追いつく。燐音はこのとき、こはくに声をかけたことを後悔していた。邪魔してごめんなさい。もうしません。明日はするかもしれないけど今日はもうしません。本当です。ヒーローは話を聞かないし、同じくヴィランに属するこはくは、もっと、その奥深くを知りたがる。
「あとちょっとだったのに、最後まで見とけよ」
「10話まで一気に見て、目ぇ疲れてたとこや。星でも見て視力あげるわ」
「3等星がギリだよな、ここらへんだと」
「わし5等星くらいまでイケるで」
「あんくらいの見えるって言って良いのかって話」
「見えるは見えるやん」
 こはくの何か言いたげな視線を無視して、燐音はどうでも良い話を続けた。こはくも無理に話を戻そうとせず、燐音の饒舌すらおかしそうに目を細めて、適当に相槌を打った。外に出ると秋から冬に宙も動いて、乾いた空気は星は見やすくしていた。こはくの言うように、目を凝らせば五等星のわずかなまたたきが見える。またたきというか、ゆらぎというか、陽炎のような、次の瞬間には見失ってしまいそうな、そういう影みたいなものが。かすかに。
「ほれ見ぃ」
「あー、ウンウン、おこちゃまは目がよろしいことで」
「見えとるやろ。燐音はん都会の人ちゃうし」
「田舎モン扱いすんなアイドル様を」
 ああいやだ。かわいくない。かわいいのに。 この状況をだれか助けてくれるなら、それこそだれでも良かった。別にヒーローじゃなくても。だれでも。




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