How can it not matter to you where this train will take you?

真夏の海岸線の白さをサングラスで灰色に置き換える。直視できない明るさというものがこの世にはたくさんある。その一つが紫外線で、真夏の海岸線で、隣の彼だった。そこには誰もいなかった。燐音が足を踏み入れるまで、彼の世界に他人は存在しなかった。あるいは彼自身すら、燐音に合わせて模られた何かでしかなかった。彼は海を見ていた。砂浜に足の裏を直接吸われながら、ぺたぺたさくさくと歩いている。そうして燐音を一瞥し、邪魔をするなという風に睨んだ。ただ眉を寄せただけの上目遣いが目つきの悪さで凶悪になる。しませんよォ邪魔なんて。燐音はきちんと弁えていた。やる気なく肩を竦めると、菖蒲色の一対は、興味を失ったようにまたそっぽを向く。これは彼の世界だ。彼はいつも一人でこうして海岸線を歩いていく。たまにいたずらに水の中に入って、ぼうっと足を浚われるままにしているときもあった。ここで出会う彼という彼は皆そうしている。季節は夏だったり、冬だったり、時間は夜だったり、昼だったり。どちらか判然としないこともあった。今は真昼だ。真夏の真昼で灼熱だった。燐音は足元から崩れるような感覚があまり好きではなくて、ビーチサンダルを履いている。足の裏、あつくないのか。頭も。剥き出しの足と、頭頂部と、目玉。彼は帽子もサンダルもサングラスもしていなかった。ベージュの薄いシャツ一枚に紺色の半ズボン。ここは燃えるようにあついのに。息をするたびむっとして、歩いてるだけで汗が滝のように流れていく。燐音は暑いのは得意ではないのだけど、いつ終わるともしれない散歩に毎度付き合っている。バンダナが汗でぐっしょりと濡れても、肌が潮と日光でひりひりと焼けても、彼をひとりにしてはいけないのだと、漠然と、しかし確信していた。理屈ではなかった。彼はいつも何かを探しているようだった。彼がもう良いと言うまで、燐音はいつも、いつまででも付き合った。海岸線はアーチを描いて、星が爆発するような波の音が響いている。どぉおん、ざああ、と寄せては返す。彼の足を掬ったり、掬わなかったり、燐音のサンダルを、濡らしたり、持っていこうとしたり。隣で彼がぬくいなぁと呟いた。そろそろ行こか。それが合図だった。やっとか。やっと、解放される。高波が近づいてくる。これは彼の世界が終わる、合図。

Inception

Because you'll be together!

 ここには何もない。宙ぶらりんに浮いた意識がある限りの空間に広がっている。目に沁みる明るいだけの光景が、こはくの前に連綿と続いている。責められているようだった。こはくはそこで身体を持っていなかった。絶望だけがあった。あるいは希望があり、こはくが好き好んで失望しているだけだった。首を預けるようにして寝首を掻いてきた。ひとをひととも思わず、それはまた、こはくが人ではない証左として、ながらく頭蓋の真ん中に居座る虚無であった。自意識とは別のところに、見知らぬ他人という素振りで、しかしこはくと同じ顔をして、それは存在した。ドッペルゲンガーを見たら死ぬんやて。切り離したものを惜しむように、こはくは考える。本心はどちらか。どちらもまごころでできていた。あいしていた。そこに嘘がないことを、おろかしく信じていた。結局ひとつをこはくは失うのだけど。そうしてこはくは、気付けば実体としてそこに居た。世界に闖入者があったのだろう。砂を踏みしめる音が背後から近づいてくる。気配が隣に並んだところでそちらを見ると、真夏日に暑苦しい、燃えるような赤があった。彼の持っているもう一つの涼しい色は、サングラスで隠されてみえなかった。もしかしたら彼ではないのかも。明らかなものや確かなものは、ここには一つもなかった。こはくは彼から視線を外し、砂と水の境界を歩いていく。この世界でこはくは、ある日は分水嶺に立ち、またある日は季節を違えて真冬の海で凍えたりした。どこに居ても、そこへいつからか彼はやってきて、いつも隣をゆったり歩く。今日はとくにのんびりだ。この季節は、恐らく苦手なのだろう。できる限りの装備が、汗でつるりと滑っていた。漏れる息遣いが、肺をどうにか冷やそうとして失敗していた。こはくはどうだろう。彼の半分も、世界を知覚できていないようにおもう。こはくにとって、この世界は優しかったが、異物の彼は、世界からやんわり拒絶されていた。こはくは別に、彼が居ても構わないのだけど、居て欲しいとまでは思っていないから、どうしようもないことだった。だれかに助けてほしいけど、だれにも助けないでほしかった。こはくが、だれも助けないからだ。足に触れる海水が生ぬるい。細かい砂が、爪と皮膚のあいだに入りこんでむずむずした。この先は、一体どこへ続いているのかしら。こはくはそれはもう永いこと、世界の最果てを探している。

「  Promised  」